「ベトナム子ども基金通信No.28」より


■ホーチミン市で絵画大会を開催
優秀作品は「2005年ベトナム子どもカレンダー」に

ベトナム青葉奨学会は2月1日、絵画大会をホーチミン市内の統一会堂で開催、奨学生約240名がクレヨンを手に思い思いの絵を描いた。絵画大会は、2004年度第1回奨学金授与式の後行われ、同市内の奨学生のほか、今回特別に招待された、ビンロン、ロンアン両省の奨学生も参加した(3、6ページに関係記事)。優秀作品13点は、2005年6月に10周年を迎えるベトナム子ども基金の記念事業で制作される「2005年ベトナム子どもカレンダー」を飾る(カレンダーのお申し込みは12ページを参照)。

個性的な発想を期待

土 肥 明 代

テト休み明け1週間後の2月1日の日曜日、2004年度第1回奨学金授与式が昨年と同じ統一会堂で行われました。今年はホーチミン(HCM)市内の奨学生に加え、ビンロン省とロンアン省の学生たちも招待しました。【写真:「上手に描けたよ!」4人の小さな芸術家】
 午前中に式典、そして午後には学生たちによる絵画大会が行われました。この絵画大会は、ベトナム子ども基金で作るカレンダーに使う絵を集めることを目的としたものです。子どもたちに絵を描かせなければならないとなったとき、正直、私は不安を感じました。何を不安に思ったかというと、子どもたちに絵が描けるのか、という最も基本的な問題です。なぜなら、グエン・ドク・ホゥエ代表は以前から、ベトナムの子どもたちは、美術の授業がないから絵の描き方を知らないと言っていましたし、私がハノイで通っていた施設では、モデルとなる絵を飾ってそれを見ながら子どもたちに絵を描かせていたため、子どもたちの絵はみな同じようであり、それなりにきれいな絵ばかりだったからです。
 さらには、昨年、小学生のみに絵を描かせる機会があったのですが、張り切って描く子もいましたが、周りの様子をうかがいながら描く子が多く、同じテーマばかりになりました。そのために、絵のテーマを自由と設定して、学生たちがそれぞれ自由な発想で、誰かの真似ではない自分自身の絵を描くことができるかどうかが不安だったのです。
 しかし、私の期待をはるかに超えて、学生たちは大変個性的な楽しい絵をたくさん描いてくれました。子どもたちは寝転がったり、女の子でもスカートの足を構わず広げて座ったり、私が写真を撮ろうとしているのも気付かないほど夢中になって描いていました。
 もちろん中には、自分は絵を描けないと言ってどうしても描こうとしない子もいました。私は自分も美術が苦手で絵を描くことができないので、彼女の気持ちがわかりました。ですから無理に描かせることはしませんでした。
 HCM市の学生たちは式典後すぐに絵を描き始めましたが、ロンアン省とビンロン省の学生たちは、会堂見学と昼食を済ませた後に絵を描きました。ロンアン省の学生の中には、絵を描いているHCM市の学生たちを好奇心旺盛にぐるぐると見て回り、自分はいつ絵を描かせてもらえるのかと、ボランティアスタッフに尋ねる子どももいました。確かに彼は画用紙とクレヨンを渡されると、地面にはいつくばいになり一瞬の迷いもなく夢中になって絵を描き始め、あっという間に上手な絵をしあげてしまいました。また、ビンロン省の女子中学生ははじめは描けないと言って筆を取りませんでしたが、私が「描きなよ」と促すと、それなら私のことを描くと言って描き始めてくれました(最終的には私ではなく、風景を描いていましたが)。【写真:夢中になってクレヨンをはしらせる子どもたち】
 全体的な感想としては、年齢の低い子どもたちの方が上手下手にこだわることなく、自由に絵を描いていたように感じられます。年齢が高くなるにつれ、絵が上手に描ける描けないという意識にとらわれ、自由な発想が生まれにくくなりがちのようです。これは私の個人的な印象ですが、ベトナム人は比較的みな同じ考え、意見を持っている部分があるように感じられます。具体的には、ひとつの問題に対して、これはこうでないといけないと、全員が口をそろえて同じことを言うような感じです。そして、ベトナム人はそのことを疑問にも思っていないでしょう。
 おそらくこれは、学校教育も含めて、子どもたちが育てられる周りの社会の中で培われる意識なのだと思います。この意識が育つと共に、子どもたちの自由な発想が押し殺されていってしまっているのではないでしょうか。決まった考えを教え込ませるのではない、子どもたちの伸び伸びとした自由さ、個性的な発想が尊重される教育をこれからのベトナムに期待したいと思います。

(どひ あきよ・駐ホーチミン市スタッフ)


■「10周年記念事業」のご報告
黄梅基金大募集 −ベトナム子ども基金10周年記念事業―

 10周年記念事業「ベトナム黄梅基金」と「2005年ベトナム子どもカレンダー」には会員皆様のご協力とご支援を賜りありがとうございます。
 黄梅基金は目標額500万円に対し43件205万7500円のご支援を賜りました。子ども基金の2003年度繰越金の200万円と新たにご支援いただいたうち153万5000円を加えた353万5000円を2月5日に青葉奨学会へ送金いたしました。青葉奨学会代表のグエン・ドク・ホゥエさんは、黄梅基金を最も必要としている支援先と交渉を進めています。黄梅基金がベトナムの子どもたちに新しい支援として継続されますことを期待してやみません。
 カレンダーについては、2月1日ホーチミン市の統一会堂で「絵画大会」が行われました。ベトナムの子どもたちには、学校で絵を描く授業がないため少し心配していましたが、240名の学生は熱心に描き、立派な絵が描けたようです。大変楽しみです(1ページ参照)。
 ベトナムの子どもたちが描いた絵で「2005年ベトナム子どもカレンダー」が制作され、青葉の奨学生2000名の家庭に飾ることができますよう皆様の温かいご支援を心からお願いいたします。カレンダーの申込は現在、20件31組4万1600円のご支援をいただきました。
 「ベトナム黄梅基金」500万円と「2005年ベトナム子どもカレンダー」1000部の目標が達成できますよう、会員皆様のご協力お願いいたします。(飯田)


■第3回里子訪問ツアー

渡航先:ベトナム・ハノイ市
期間:2004年7月18日(日)から7月22日(木)まで3泊5日
旅行代金:1人11万円(交流会費等含む)

 ハノイ在住里子と里子家族、学校関係者をお招きして「里子交流会」を行います。ハノイに里子を持つ皆様、里子を持たない方にもご参加いただき、ベトナムの子どもや家族と楽しい一時を過ごそうではありませんか。はじめてのハノイ訪問です。ハノイ市内とハロン湾観光も行います。詳細はパンフレットでご案内します。


■どうしてベトナムですか?

 会員の皆さまの本通信への投稿を歓迎いたします。
 テーマは「どうしてベトナムですか?」。ベトナム子ども基金に参加したキッカケ、なぜベトナムにこだわるのか、また、子ども基金の活動および本通信へのご意見ご感想をいただければ幸いです。
 原稿は、郵便・電子メールで受け付けております。原稿をお送りくださる際は、連絡先も必ず明記してください。採用原稿は、文意を変えない程度に編集することがあります。また、原則、ホームページにも掲載いたします。あらかじめご承知おきください。(編集部)


2004年3月20日

会員各位

ベトナム子ども基金
代表 近藤 昇

定期会員総会招集のご通知

拝啓 早春の候、ますます御健勝のこととお喜び申し上げます。平素はベトナム子ども基金の活動に温かいご支援を賜り御礼申し上げます。
 さて、下記のとおり2004年定期会員総会を開催いたします。ご多忙中恐縮ですがご出席いただきたくご通知申し上げます。

敬具

日時  2004年5月15日(土曜日)午後2時から4時
場所  アジア文化会館教室
    東京都文京区本駒込2-12-13
    電話 03-3946-4121(代表)
議題
    1号議案 2003年活動報告
    2号議案 2003年決算報告
    3号議案 2004年活動計画案
    4号議案 2004年予算案
    スピーチ
     1)Miss TRAN THIEN THANH TRANG
          トラン ティエン タイン チャン様
        国家自然科学大学4年生
        テーマ 青葉奨学生としての学生生活
     2)土肥 明代様(前青葉奨学会日本人スタッフ)
        テーマ 青葉奨学会勤務を終えて

会員総会は会員の三分の一以上の出席をもって成立しますが、全国各地にいらっしゃる会員が総会にご出席いただくためには大変ご無理な状況にあります。この現状から総会当日、ご出席できない方で委任状提出のない方には議長一任とさせていただきます。ご理解とご協力お願いいたします。
尚、総会出欠はがきにご記入の上4月30日までに切手を貼ってご返信ください。

以 上


■2004年第1回奨学金授与式で青葉奨学生があいさつ

 ベトナム青葉奨学会は2月1日、2004年第1回奨学金授与式をホーチミン(HCM)市の統一会堂で開催。今回の授与式にはビンロン、ロンアン両省から奨学生26名も参加し、絵画大会にも加わった(1ページ参照)。駐HCM市スタッフの土肥明代さんによると、両省の奨学生は1月31日、ヴィンギエム寺やスーパーマーケットなどを見学、夜はネオンで飾られた市内をバスで回った。両省の奨学生の世話をしたHCM市の奨学生はよく気を配り、大きな役割を与えられたことに、誇りと自信、責任感を感じていたという。奨学金授与式では、奨学生代表と元奨学生代表が次のように感謝と決意を述べた。

愛情とその輝く灯火

ボー・バン・ドゥック

 私はザーディン高校12年生(3年生)です。この大きな式典でご挨拶できることを、大変光栄に思います。青葉ファミリーはここに集まり、気持ちも温め合うことができました。新年にあたり、青葉奨学会は多くの新しい仲間を迎え、意義深い奨学金は全国の優秀な学生たちの苦しい環境を救ってくれます。
 私の生活について申し上げれば、幼いころから頼る場所がありませんでした。ゼィウザック寺の尼さんたちに助けていただきましたが、学業においては多くの障害、不足があり、さらにはいつ学校をやめなければならなくなるかわからない状態でもありました。しかし、何もできず、自分の将来がどうなってしまうかまったくわからない状態だったちょうどその時、青葉奨学会が手を大きく広げて私を救ってくださいました。
 里親様と先生方が、明るい灯火をもたらしてくださったのです。皆様の限りない愛情によるその輝く灯火は、実際に温かさと生きる力を与えてくださいました。
 里親様が贈ってくださる奨学金で、私たちは勉学にかかる費用の多くを賄い、不足していたものを少しずつ手にすることができるようになりました。里親様の温かいご援助、この団体を創設されたホゥエ先生の心を尽くしたご苦労、そして青葉奨学会の先生方の熱心なご支援を受け、青葉ファミリーの団結した精神の下、今後の社会に全ての能力を活かせるよう全ての意志を集結し、努力して道徳の鍛錬を行い、学業において高い結果を修めることをお約束いたします。

(Vo Van Duc・青葉奨学生代表)


「成功」を語る喜び

ファン・クォック・ダイ

 元青葉奨学生を代表して「成功」という二文字について証明させていただくことを、本当に光栄に思います。
 青葉奨学会による大きなご支援と自分自身の足でもって、本日私は自分の進む道に成功を導くことができました。それらは小さなものではありますが、私にとっては将来を大きく開いてくれるものなのです。私は青葉奨学会に心からのご恩と感謝を申し上げます。
 最後に、今青葉奨学会からの支援を受けている学生の皆さんにお話したいと思います。
 皆さん、精一杯がんばってください。自分が望むことを達成できると信じてください。そしてそれは皆さんが一番大切に思う人たちが、皆さんに期待していることなのです。青葉もいつも皆さんを応援しています。
 しかし、本日私自身の成功によってこの思いを証明したように、何より一番大切なことは皆さん自身の努力にかかっているのです。皆さんがいつも幸運に恵まれることを祈っています。

(Phan Quoc Dai・元青葉奨学生代表)


■青葉奨学会が毎年行うCay Mua Xuan(春の木)運動に元奨学生のライ・ティ・フォン・ニュンさんが参加した。彼女は2003年5月、ハノイ財政大学を卒業後、ドンズー日本語学校で学び、この春、日本での留学生活を始める。Cay Mua Xuan運動:テトに経済的に恵まれない子どもたちに1着の制服を贈る運動)

心が揺さぶられた制服配り

ライ・ティ・フォン・ニュン

 貧しい子どもたちに正月のプレゼントを贈る活動については、いろいろと聞いていましたが、初めて参加の機会を得ました。活動の規模は、想像をはるかに超えていました。ベトナムや日本の企業、ドンズー日本語学校の教員、学生、そして青葉のボランティアまで、非常に多くの多様な人々が活動に参加していました。集まった寄付の分だけ制服を買い、種類を分け、袋詰めをします。青葉事務局はとても慌ただしく、普段より遅くまで仕事をしていました。誰もが自分の利益を考えることなく、積極的に手伝っていました。【写真:制服を配るニュンさん(右)と窪寺運営委員】
 1月上旬から制服を配りに行きました。一番印象深いのは、ロンアン省カンズオック郡のドンタイン小学校とザックヌイ小学校の学生にプレゼントを贈りに行った日です。自分の国にまだこんなに貧しい地域が残っているとは想像していませんでした。こんな小学校は私の記憶の奥深くに、長い間眠ったままになっていたからです。学校は本当にみすぼらしく、校庭は恐らく小雨でもどろどろになってしまうでしょう。教室といえば、教室の中に立っているにもかかわらず太陽の光が刺しこんできます。私の小学校も昔はこうでした。学生たちもとても気の毒でした。裸足で制服を受け取りに来る子もいました。5年生だというのに、まるで1年生のように小さな子もいました。しかし、どの子の目も明るく輝いていて、とても賢こそうな顔をしていました。突然私はとても心が揺さぶられました。もし子どもたちにもっと良い生活環境があれば…。子どもたちには何か少し自信のなさや恥ずかしさがあり、私たちと話をしてもおどおどした感じがうかがえましたが、それでも私は子どもたちの目から、感謝の気持ちと喜びを感じることができました。
 帰り道では、贈られた制服をしっかりと胸に抱えた子どもたちの姿が私の頭の中に焼き付いていました。来年はより多くの寄付が集まり、より多くの子どもたちがこの小さくとも心のこもったプレゼントを受け取れることを、密かに願っていました。

(Lai Thi Phuong Nhung・元青葉奨学生)


■里子からの手紙

祖母の思い出を胸に

ブイ・ティ・トゥエット

 また新しい学年が始まりました。全国の生徒のみんなと同じように、私もうきうきしながらすべての学用品を準備しました。でもひとつとても悲しかったのは、今年は全部自分で用意しなくてはならなかったことです。1年前を思い返すと祖母と一緒に新学年の準備をしたのだな……と思い出します。
 祖父と離れて町へ出て勉強するのは心が無限に寂しいです。よく私は父や2番目の母、兄から送られてくる手紙を心待ちにしていますが、でもそれは稀なことです。私は私の家族が私たち兄弟を学校にやるために働かなくてはならないことも理解しています。里親様が私に支給してくださる奨学金は物質的・精神的な大きなプレゼントです。そのお金のお陰で新学年のためにお金を使うことができ、また、腕時計を買うことができました。それは高価な物ではありませんが、私はとてもうれしかったです。何故なら自分が時間に関して主体的に行動できるようになったからです。
 時々腰を下ろして寂しい気持ちでいるとき、祖母や祖父の言ったことを思い出します。「難しい勉強も頑張るんだよ! じいちゃんの願いもばあちゃんと一緒だから」
 今、私は更にわかったことがあります。それは祖父母と私の家族の願いであるだけでなく、里親様の願いでもあるのです。また更にわかったことは、「人生は困難で厳しいけれども私は頑張らなくてはならない。私の家族のみんな、里親様、そしてたくさんの人々までもが私の進んでいくその歩みを待っているのだから」ということです。
 私の敬愛する祖母についても思い出します。祖母が私に40万ドンをくれ、里親様からいただいたお金を足してミニサイクルを買ったことです。私は祖母にその自転車を見せてやりたいと思っていました。でももうできません。祖母は永遠に遠いところへ行ってしまいました。9月14日で祖母が亡くなってから100日になります。
 16年間祖母と一緒に暮らし、祖母に育ててもらい、学費を出してもらいました。病気になったとき、もう直らないことを知って祖母は私を本当に可愛がってくれました。そして私を安心させるようにこんなことも言いました。「ばあちゃんがいなくなっても、お前には里親様がご関心を寄せてくださる」
 そして今日、この手紙を書いている9月5日、新学年の始業式で奨学金を受け取りました。私はそのお金を新学年のために使いました。そして心から里親様に感謝の気持ちをお送りいたします。里親様は今の私の生活をとても助けてくださいました。
 手紙の終わりに里親様のお仕事がご成功されますようお祈り申し上げるとともに、里親様がベトナムにお立ち寄りになる機会がありましたら、ホスピタリティにあふれ、勇敢で堅実な私の故郷タイビン地方へお越しくださいますようご招待いたします。

(Bui Thi Tuyet)


■ちよだ地球市民講座 ベトナム国際協力体験ツアー

東京都千代田区の「ちよだ地球市民講座」参加者12名は2003年12月12日から18日まで、ホーチミン(HCM)市などで国際協力活動の現場を視察した。ベトナム子ども基金は同講座の依頼で飯田博康事務局長を派遣、事前講演のほか、現地ツアーにも同行し、ベトナム青葉奨学会のグエン・ドク・ホゥエ代表との懇談、避難所兼学校の視察を行った。【写真:ホゥエ代表と懇談する参加者】

 ツアーに参加した原小鈴さんは、青葉奨学会のあるドンズー日本語学校の学生と交流し、次のように語る。
 私たちは生徒の家を訪問しました。車で40分。途中前の車とバイクが接触し、HCM市の交通事情に触れました。大学に通い、アルバイトをしながらドンズー日本語学校にも通う彼女は、毎日バイクで学校までその道を通う。学校で習う第1外国語は、日本と同じく英語であり、選択ではフランス語や日本語があるそうです。日本語を学ぶ理由として、「日系の会社で働きたい」「日本に留学したい」と教えてくれました。そんな彼女は、来年日本の大学に留学が決まったそうです。日本で会いましょうと、私たちはメールのアドレスを交換しました。
 そして、原さんはロンアン省トゥートゥア郡ロントゥアン村の避難所兼学校を訪ね、貴重な時間を過ごした。
 一番遠くから通って来る生徒は、船で通学している。私たちもこの学校まで船で行きました。エンジンが煙と音を出しながら、静かなメコンデルタを進む。ちょっぴり探検家気分になりましたが、無事に着いた時はやはりほっとしました。【写真:新聞の折り紙で子どもたちと交流】
 遊びうたやじゃんけん列車など、はじめは恥ずかしがっていた子どもたちでしたが、そばに寄って歌いだすと、大きな笑顔が返ってきました。じゃんけん列車では、とうとう皆がつながって大きな輪になりました。この輪がいつまでも私たちと子どもたちとをつなぐ輪になれば良いなと思いました。
 最後に子どもたちから歌のプレゼント。じゃんけん列車の時に触れた肩はとても細くて小さかったけど、大きな声と笑顔がホールに響き渡り、子どもたちからパワーをもらった気がしました。子どもたちが将来自分の好きな道に進めるように、たくさんのチャンスが訪れるようにするには、どうしたら良いのか…、私が出来ることを見つけたいです。


■みなさまの声・思い

基金10周年に寄せて

大 西 好 宣

 ベトナム子ども基金が10周年を迎えるとのこと。誠に慶賀に堪えない。これもひとえに日越双方の事務局諸氏のご尽力ゆえであろう。そのボランティア精神を実際に見聞した身にとっては、本当に頭の下がる思いである。
 子ども基金と私との関わりは、1990年代半ばにさかのぼる。当時、私はある民間の助成財団でベトナムと日本との協力事業に関わっていた。現地にも実際に何度か足を運んでおり、ベトナムという国の力強さと復興の槌音を目の当たりにしていた。一方で、ストリートチルドレンなど、開発や発展から取り残された人々の存在も知っていたが、個人ではどうすることもできず、悔しい思いもしていた。そんなある日のこと、新聞で偶然目にしたのがこの基金の活動であった。さっそく東京の事務局と連絡を取り、土曜日のお昼に小さな打ち合わせに参加させていただいた。
 どういう話の成り行きでか、私が翌週ベトナムへ行く予定だと言うと、「それならホゥエさんに会ってこれこれの話をしてくれないか」ということになってしまった。伝令役はもちろん名誉ではあるが、果たして新参者の私が日本側事務局を代表してうまく話せるのだろうか、という大きな不安を覚えた。しかし、その場ではあいにく反論の余地もなく、この大役をお引き受けすることとなった。
 ホゥエさんや現地事務局の方との話は、しかし予想外に堅苦しいものではなく、とても楽しかった。実際に現地で生活をされ、様々な辛酸をなめてきた方々の体験はベトナムを知る上で大いに参考になった。その後、ホーチミン市に行くたびにお会いするようになり、啓発され、仕事上の重要なヒントもいただいた気がする。特にベトナムの教育問題に対するホゥエ氏の深い造詣と愛情に満ちた示唆は、その後、私が同国の大学改革のための様々な協力事業を担当する上ですこぶる役立った。この場を借りて心からお礼を申し上げたい。
 当初、基金が実施していたのは青葉奨学金に代表される、ベトナムの貧しい子どもたちへの学資金支援のみであったと記憶する。しかし、喜ばしいことに基金は徐々に社会的な認知度を高めていき、学校建設やストリートチルドレン問題への啓発、里子訪問ツアーの実施など、その活動は年々幅広くなっていった。会員数も増えたし、メディアへの露出もずっと増え、事務局は大変だったのではあるまいか。そのような状況ではおそらく以前よりも私のようなボランティアの伝令役が必要だったのではないかと想像するが、この時期、私は仕事のかたわら大学院の博士課程に進むこととなり、あいにく時間が割けなかった。勢い、基金の活動からは遠ざかるようになり、もっぱらお金を振り込むだけの支援になってしまったのは返す返すも残念で、心から申し訳なく思っている。
 昨夏より国連職員に転進し、仕事の内容が一変したため、業務としてベトナムを訪れる機会は残念ながら皆無となってしまった。その反面、私の仕事は基金のそれとより一層近くなった。というのも、私の勤務先は国連大学というところで、ここは途上国の人材開発をひとつの使命としている。そして、そこで私が担当しているのは、わが国で学ぶ途上国の留学生に奨学金を供与するという同大始まって以来の新しいプログラムである。その対象者には、当然のことながらベトナムからの留学生も入っている。私の里子が努力して将来日本に留学し、この奨学金を貰ってくれないかなあ、などと今から夢想している。

(おおにし よしのぶ・国際連合大学プログラムオフィサー)


■事務局便り

 会員皆様の温かいご支援をいただきお蔭様で2004年の活動が順調に行われております。2003年はSARSの発生でスタディツアーが延期になりご迷惑をおかけいたしました。03年は新会員23名・里親基金28口が新たに加わりました。ベトナム子ども基金通信は年4回の発行と内容の充実に努力いたしました。里子と里親の手紙の交換はわずかですが増加しました。里子の手紙は516通あり、内容にも心温まるものもありました。03年は経費節約に努め、対前年69万4986円を節約できました。毎月の予実管理で経費節約を今後とも厳しく行い少しでも多くの支援がベトナムの子どもたちに届きますことをお約束いたします。
 里子全員に、宛先を印字し切手を貼った封筒2通を支給しました。各学校経由だったものが、04年から里子の手紙は直接青葉奨学会へ郵送されます。これにより、里子からの手紙の郵送時間短縮と紛失事故を少なくします。里子の手紙を楽しみにしている里親様、里子への手紙を是非お書きください。(飯田)


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