「ベトナム子ども基金通信No.27」より


■子どもに夢を 設立10周年記念事業が始まる

 ベトナム子ども基金はお陰様で2005年6月、10周年を迎えることになります。これは会員皆様の絶え間ない温かいご支援の賜物と心より感謝申し上げます。
 このたび、ベトナム子ども基金の発展を祈念し、2つの10周年記念事業を計画いたしました。記念事業の目的と事業内容をここにご説明申し上げ、皆様方の暖かいご支援を賜りたくお願い申し上げます。

1.ベトナム黄梅基金設立

 現在ベトナムでは都市部と農漁村や山間部の経済格差が拡大の傾向にあります。ベトナム青葉奨学金ではできない、農漁村や山間部の貧しい子どもたちを多く支援することを目的とし、ベトナム黄梅基金を設立いたします。
 ベトナム黄梅基金は、ベトナムの政府系銀行に預金し、その利息分で子どもたちへの支援を行います。したがって、基金の元金がある限り、子どもたちへの支援は継続されます。  基金の目標額を500万円とし、その利息分から毎年350人以上の子どもたちを支援することが目標です。黄梅基金では、個人や団体が個別に設立する「個別黄梅基金」や「学校建設黄梅基金」もあわせて募集いたします。(2、3ページ参照

2.ベトナム子どもカレンダーの贈呈

 子どもたちには絵を描く楽しみがあります。青葉奨学会から奨学金を受けている学校を対象に、子どもたちに絵を描いてもらいます。きっと楽しく素晴らしい絵がたくさん描けることと想像いたします。この絵を使い、「2005年ベトナム子どもカレンダー」を制作いたします。  このカレンダー制作の目的は絵を描いてくれた子どもたちや青葉奨学会の奨学生にプレゼントすることです。画材の購入やカレンダーの制作費を用意するため、皆様にカレンダーの予約購入をお願いいたします。  ベトナムの子どもたち自身が描いた夢のカレンダーをプレゼントするため、温かいご支援をお願いいたします。(4ページ参照)


■特別企画1

黄梅基金大募集 −ベトナム子ども基金10周年記念事業―

1 募集期間 2004年6月30日まで 募集継続中!(8月22日現在)

2 黄梅基金の特長
 1)基金はベトナム政府系銀行に預金し、利息分で子どもたちに支援を行います。(2003年11月現在の金利は年8.04%です。)
 2)支援対象は農漁村や山岳地域の小学生・中学生・高校生で、なるべく多くの子どもたちを支援します。
 3)支援対象の学校や地域との継続的な交流を行います。

3 黄梅基金の種類
 1)ベトナム黄梅基金
   ベトナム子ども基金の会員で基金を設立します。
   1口 1万円
   目標 500万円(毎年350人の子どもたちを支援します。)
 2)個別黄梅基金(個人またはグループの名前がつきます。)
   個人またはグループで基金を設立します。
   基金の名前・支援地域・学校等は、ご相談後決めます。
   1口 30万円以上
 3)学校建設黄梅基金
   個人またはグループで学校建設と黄梅基金を併設した基金を設立します。
   青葉奨学会と相談の上、基金を設立します。

4 黄梅基金に関するご質問、ご相談
  ベトナム子ども基金事務局・飯田までお問い合わせください。
  〒113-8642東京都文京区本駒込2-12-13アジア文化会館内
  TEL. 03-3946-4121(代) FAX.03-3946-7599
  E-mail:kodomo.kikin@nifty.com

5 黄梅基金振込先
  口座名義はいずれも 「ベトナム子ども基金」(黄梅基金用)
  郵便振替 00190−6−666994
  銀行振込 みずほ銀行駒込支店普通預金 8071959

以 上

※ 過去の事例を以下に掲載しています。ご参照ください。


黄梅基金の事例

1.泉黄梅基金
  1)設立   2002年9月1日
  2)基金額  60万円(約7800万ドン)
  3)預金先  ベトナム農業発展銀行(2002年金利8.4%)
  4)支援対象 ロンアン省トゥトゥア郡ロントゥアン村
         ロントゥアン中学校とロントゥアン小学校
  5)奨学金運営委員会
         ロントゥアン村長、人民委員会、学校長、青葉奨学会
  6)支援実績 初年度 元金より200万ドン
             奨学金支給13人(1人15万ドン)
         次年度 預金利息639万7700ドン(金利約8.4%)
             42人に支給

2.学校建設
  1)1997年 カーマウ省ウーミン郡カインホア村
    カインホア小学校 3教室1職員室
    建設総額 1億7300万ドン(約135万円)
  2)2000年 ベンチェー省ゾンチョム郡ルオンホア村
    ルオンホア小学校修理 2教室修理
    修理総額 200万ドン(約1万5000円)
  3)2000年 ビンフオック省ブーダン郡ダックニャウ村
    チューバンアン中学校 4教室
    建設総額 2億ドン(約150万円)
  4)2002年 ロンアン省トゥトゥア郡ロントゥアン村
    ロントゥアン中学校 4教室 1校長室 1職員室
    建設総額 4億6000万ドン(約330万円)
    ※洪水対策の土盛りを施し、避難所兼学校として建設

以 上


■特別企画2

2005年ベトナム子どもカレンダー予約販売
―ベトナム子ども基金10周年記念事業―

 「2005年ベトナム子どもカレンダー」は、ベトナムの子どもたちが描いた絵から作られます。カレンダーの予約販売を次のとおり行います。会員の皆様に予約購入していただくことにより、ベトナムの子どもたちに2000部のカレンダーをプレゼントできます。皆様のご協力をお願いします。

1 予約販売受付期間 2004年6月30日まで 募集継続中!(8月22日現在)
2 カレンダーの特長
  1)ベトナムの子どもたちが描いた絵のカレンダーです。
  2)ベトナム青葉奨学生の有志による企画・制作で作られます。
  3)規格はB5またはA5サイズ、28ページ、フルカラー印刷です。
3 販売価格
  1)1口申込の場合 1500円(送料込み)
  2)2口申込の場合 2500円(送料込み)
  3)3口以上の場合 1部1200円(送料込み)
    ただし、送り先は会員登録住所1個所です。
4 販売目標 1000部
5 カレンダーの発送時期 2004年12月上旬
6 振込先
  口座名義はいずれも「ベトナム子ども基金」
  郵便振替 00190−6−666994
  銀行振込 みずほ銀行駒込支店普通預金 8071959

以 上


■里子からの手紙

限りなくつながっていく道

レー・チョン・トゥイ・ダン

 あと数日すると、私は正式にシンガポール−ナンヤン大学の学生になります。たくさんの様々な国から来ている仲間たちと勉強し、競い合うのです。それは私にとって、信じられないまるで夢のようなことです。
 今となっては、母が私を自転車の後ろに乗せて、背を丸めながら学校まで送ってくれた日々を思い出します。その道はまるで母がどんなに自転車をこいでも尽きることがなくつながっているかのようで、雨の日だろうと、日射しの強い日だろうと、これまで何年間もずっとそうして過ごしてきました。
 今となっては、まもなく訪れる将来を考え、不安になっていた日々を思い出します。自分が大学に進学すれば、母の肩にかかる新たな負担を増やすことになると心配していました。年取った祖母と3人の小さな子どもの生計だけを考えても、それはすでに十分肩にのしかかる負担のはずです。大学の教室に座って優秀な成績を収め、自分の手と知恵で自分将来を決定し祖母と母を支えること、そして社会に役立つ人間になることが私の夢です。その夢はあまりに現実離れしたものと思われ、ましてひと月の学費と食費だけでも、痩せて病弱な母の給料何年分にもあたる海外留学なんてなおさらのことです。
 それでも私はひっそりとおかしなことを夢見ていました。それはある日私が海外留学の奨学金を手に入れ、知識と文化を身につけ、戻ってからは才能のある役に立つ人間となっているというものです。私は新聞を読み、インターネットを見て情報を探しました。また国境を越えポケットに入った数ドルだけでライオンの国−シンガポールに渡った青年Pham Uyen Nguyenの話も読みました。彼はその奨学金を得て、国に帰ってからは責任のある職務に就き、物質的に貧しい子どもたちを支援しつづけています。彼の将来に対する意志と願いはさらに私に気力を持たせました。たくさんの奨学金合格通知が私のところに来ました。アメリカもありました。ニュージーランドもありました。しかし飛行機のチケット代を出すことができず、大変惜しかったのですが、それらの機会があっという間に目の前を過ぎていくのを眺め、そして次回が来るのをひたすら待つしかありませんでした。
 私は落ち込むことはありませんでした。なぜなら自分の意志と気力を信じていたからです。必要なのは努力することです。そうすればたとえどんなに夢が大きかったとしても、最後には自分の手に入れることができるのです。仲間たちや私より小さな子たちの環境について、また勉学と生活を良くするため、人生に立ちはだかる困難から奮起するための彼らのエネルギーについて、奨学金授与式で聞いたのを私は覚えています。たくさんの芽が、暗い影や痩せた土地から這い上がり、青葉となっているのです。私も青葉の1枚です。ですので私は暗い影も痩せた土地も怖くありません。彼らのように私にも夢があり、私もその夢のためにがんばります。なぜなら彼らと同じく、私もいつも光を信じているからです。
 あと数日すると、何年もの間ずっと慣れ親しんだ自分の木の家から、親しい人たちから、そして友人たちから離れ、違う国で違う生活を始めることになります。私を自転車に乗せて試験に、学校に連れていってくれた母のよく知った汗を今度感じられるのは、ずっと先のことになります。長雨の夜に、雨漏りの水を受けるたらいに囲まれながら、家族そろって祖母の炊き立てほかほかのご飯をすする温かさを今度感じられるのは、ずっと先のことになります。今度祖母の傷んだ髪を抜いてあげられるのは、今度母の肩をもんであげられるのは、ずっと先のことになります。そして今度、日曜の朝青葉ファミリーの中でとても楽しく奨学金を受け取れるのはずっと先のことになります。しかしそれらのいとおしい思い出を、この先の時間も私はずっといつまでも心の中に持ちつづけていきます。力を出すため、大切なものを想うため、そしていつか近い未来それらの思い出に再び出会うため。
 この人生の初めには、ひとつも道はなかったのだ、と言った人がいるのをふと思い出しました。日が過ぎ月が過ぎ、そして年が過ぎていき、人々が行きつづけることで初めて道ができるのだと。そして今になっても、まだ人々は前に進みつづけたいため、道は長く限りなくつながっていくのです。私はそのことを信じています。なぜなら私も何万人といる人間の中の一人であり、夢を実現させることを渇望し、生きることに貪欲で、そして新しいことを知り、それらを社会に貢献させたいと願っているからです。私はそうできると信じています。なぜなら自分が切り開いた道を、周囲のたくさんの人々に愛されていることによって生まれる自分の力によって、自分の手と知識によって、人生のために注いでいる情熱によって、今進んでいるからです。このように信じつづけることで、長い道のりが途切れてしまうような日が来ることはあり得ないと確信し、私はその信じた道を歩みつづけることができるのです。(Le Trong Thuy Dan)

◇   ◇   ◇

仲間と手を取り合って

レ・ミン・ニュット

 私は現在、フーミー小学校5年1組の生徒です。今日は日曜日なので私はこの手紙を書いています。まずはじめに里親様や先生方のご健康をおうかがいい申し上げます。
 そして私のことについてですが、先生方や里親様も私の家庭環境について、もうご存知だと思いますが、私は母を亡くし、家は貧しく、父は建設現場で働く人夫の仕事をしていますが仕事があったりなかったりで生活は苦しく、父が私をロンホア孤児院に入れたときから私は学校に行くことができませんでした。それなので生活は今でもとても苦しく、特に勉強に関しては、具体的にいうと学用品・文房具などや教科書は新学年の最初にはすぐ買うことができなくて、ずっと長いこと待ってようやく里親様からのご援助をいただけた日に買うことができました。
 奨学金は勉強にとても役立ったし、生活にも大変役立ちました。私は里親様、先生方の大きなご恩を感じています。これからも決して忘れません。この大きなご恩に何をしたら応えることができるのか分かりません。たったひとつわかることは、両親、ロンホア孤児院、里親様、先生方が私に与えてくださった深いお気持ちに少しでも応えるために、まずは一生懸命勉強して良い成績をとることです。
 里親様、私はロンホア孤児院にいますが、100人以上の友達(みんな孤児です)と一緒に元気に暮らしています。友達はみんな良い人で、みんなで譲り合い助け合って暮らしているし、私は武術も習っています。以前、院は私たちをニャチャンやブンタウへ海水浴に連れて行ってくれました。それ以外にも私はよくサッカーやバドミントンをしたり昔話を話したりしてとても楽しいです。
 手紙の最後に何よりも一言申し上げたいのは、里親様がいつもご健康で何事も思いどおりになりますようお祈り申し上げている、ということです。
 もしできましたら私にお手紙をください。(Le Minh Nhut)


■国際協力フェスティバルで活動をPR

 ベトナム子ども基金は2003年10月4、5日の両日、東京・日比谷公園で開催された「国際協力フェスティバル2003」(主催:同実行委員会)に参加しました。同フェスティバルに出展するのは昨年に引き続き2度目。
 「里親募集」と書いた幟を掲げた子ども基金のテントでは、パッンフレットや本通信のバックナンバーを配布、約250名の来場者が訪れ、事務局の説明に耳を傾けました(写真)。
 近年のベトナム雑貨ブームを反映してか、NGOやボランティア活動に関心のある人々だけでなく、観光旅行でベトナムに行ったり、旅行を計画している人々も現地情報を求めてやってきました。また、ベトナムからの留学生なども集まり、小さな国際交流の輪ができました。【写真:来場者(右)に活動を説明する事務局長】

■「文京区ボランティアまつり」に初出展

 2003年11月22日、文京区民センター(東京都)で開催された「文京ボランティアまつり2003」(主催:同実行委員会)にベトナム子ども基金は初出展しました。
 文京区におけるボランティア・市民活動への理解と参加を促進することを目的とした同イベントには約1500人が来場、子ども基金のブースには約80人が訪れました。
 子ども基金は、活動を紹介する資料を配付するとともに、味の素株式会社から提供いただいた「アジア麺フォー」を来場者にプレゼントしました。
 同時開催された「外国人フォーラム」にも事務局から2名が出席し、中国人留学生やフィリピン少数民族の教育支援をしているNGO関係者らと、アジアからの留学生の日本での勉強、生活のほか、ベトナム、フィリピン、中国の教育事情、そして、各団体の活動について話し合いました。【写真:一緒に活動をPRしたアジア学生文化協会日本語コース生のグエン・チ・トゥ・ハンさん(中央)と運営委員の本間さん、小河原さん】


■沖縄とベトナムから学ぶ

村 田 光 司

 ホーチミン(HCM)市の中心部を流れるサイゴン川を下ると、やがて周囲はマングローブの深い森に覆われます。広い湿地帯の中に、いくつかの村が点在しています。沖縄委員会の支援先のひとつであるカンザーです。
 5年前、当時の現地スタッフ・脇平さんのはからいで、初めてカンザーを訪ねました。森の中のでこぼこ道を進み、フェリーや小船を乗り継いで、カンザーでも最も奥地にあるタンアン島に着きました。そこでは、思いがけない話を聞かされました。道中私たちが目にしたマングローブは、すべて人の手で植林されたものだというのです。ベトナム戦争中、カンザーは米軍の度重なる枯葉剤散布を受け、4万ヘクタールの森が完全に消滅してしまいました。戦後、住民の手で植林が始まり、ほぼ4分の3の森が蘇ったということです。これは、東京23区の面積の約半分にあたります。自然を取り戻した住民の地道な営みに圧倒されるとともに、ある複雑な思いを抱かされました。というのは、米軍が使った枯葉剤の多くは、沖縄の牧港補給基地から運ばれたと聞いているからです。戦争を通して、沖縄とカンザーは深くつながり合っていた、という事実を、意識せざるをえませんでした。
 それから3年後、スタッフの高橋さんと一緒に沖縄委員会のスタディーツアーを企画し、カンザーを再訪。私たちは森林公園の中のバンガローに泊まり、森の静けさと魅力を満喫しました。しかし、道すがら、エビ養殖池の造成により新たな自然破壊が進んでいる様子も見ました。養殖池の経営者は主にHCM市内の金持ちの人たちで、地元の住民は雇われて働いているそうです。そして、ベトナムのエビの最大の輸入国は、もちろん日本です。
 翌日、私たちはフィン・ヴァン・ダーイさんというおじいさんを訪ねました。ダーイさんは植林の指導員ですが、エビ養殖のために森が破壊されていくことに胸を痛め、森を守り育てながらエビの養殖ができないかと考えて、実践を始めていました。HCM市の生活・産業廃水で川の水が汚染されているため、台風や高潮などで汚水が養殖池に流れ込むと、大きな損害が出ます。その中で、試行錯誤を繰り返しながら、飄々と模索を続けているダーイさんの姿に、強い印象を受けました。
 昨年、もう一度カンザーを訪ねてみると、素朴な干潟の海岸がちょっとしたリゾート地に生まれ変わり、森を伐採して道路の拡張が進められていました。タンアン島では、海の汚染が進んで漁民の生活がますます苦しくなっている、という話を聞きました。また、前年には潮位の上昇で多くの家が水浸しになったそうです。しかし、嬉しい出会いもありました。元青葉奨学生の青年が、経済大学を卒業した後で故郷のカンザーに戻り、貧困家庭に少額のお金を貸し出して自立を支援する団体で働き始めていたのです。彼は2日間、仕事を休んで私たちを案内してくれました。
 私が最初にカンザーを訪ねたのは、奨学生たちに会ってみたい、という単純な動機からです。しかし、カンザーを繰り返し訪ねる中で、思いがけず多くのことを考えさせられました。ベトナムの農・漁村の環境破壊や貧困と、私たちの日本での暮らしが、さまざまにつながりあっていること、そして開発と環境という、沖縄でも鋭く問われ続けている問題に、ベトナムも直面していることを目の当たりにしました。私たちの活動は、奨学金の支援という限られたものですが、生徒たちが暮らしている社会背景にも少しずつ目を向けて、ベトナムと関わる意味を考え続けたいと思っています。(むらた こうじ・ベトナム青葉奨学会沖縄委員会事務局)

■ベトナムとの交流紹介
 北陸ベトナム友好協会がエルフ金沢で写真展

 北陸ベトナム友好協会の写真展―日越交流八年の歩み―「ベトナムの子どもたちと里親ボランティア」(北國新聞社など後援)は23日、金沢市下本多町のエルフ金沢で始まり、ベトナムの児童生徒と県内の里親の交流を示す60点が訪れた人たちの目を引いた。
 同協会では1995(平成7)年から、就学が困難な児童生徒を支援する里親ボランティア活動を続けている。活動を知ってもらい、支援の輪を広げようと初の写真展を企画した。
 会場には同市内の里親がベトナムを訪れ、児童と対面、交流する様子や児童から高校生へと成長した奨学生の写真、手紙などが並んだ。ベトナムの名所を紹介する写真や、児童生徒の制服も展示された。28日までで、25、26日にはベトナム人留学生が学校事情などを説明する。【北國新聞2003年10月24日付朝刊より転載(一部算用数字に編集)】

編集部注:北陸ベトナム友好協会と8ページの村田氏が所属するベトナム青葉奨学会沖縄委員会は、ベトナム子ども基金と同様、青葉奨学会を支援している協力団体です。

■みなさまの声・思い

ベトナムが身近なったこの10年

佐々木 和 子

 私が朝日新聞をみて、ベトナム子ども基金のことを知り参加させていただいてからもう10年たつのですね。きっかけは長女が高校進学を決めた時期でした。同じ子どもでありながら、月に直せば千円でベトナムの子どもが高校に行けるなら、何かの「縁」ではないかと思ったからです。ですから長女は今25歳になります。
 それまで、ベトナムに関しては恥ずかしいくらい(現在もですが)知識がなく、「ベトナム戦争」で国土が焦土と化し、大変な時代を経験した国という知識しかありませんでした。子ども基金に参加してからは「ホゥエさんを囲む会」に出席させていただくようになり、ホゥエさんが日本の大学で勉強されたこととか、ベトナムの子ども、特に地方の教育の行き届かない地域の子どもにも勉学の機会を与えたいという熱意や少ない予算で学校を建てたりした計画性や実行力にいつも感心しております。先日の質問でベトナムでは女性が社会的には活躍しているケースが多いと聞き、日本のほうが遅れていることも多いのではと思ったりしました。
 これからも同じアジアの一員としてベトナムの子どもたちを応援していきたいと思います。子ども基金のお陰でベトナムが身近になりました。
 10年前、我が家の子どもたちに「子ども基金に送金した」と言ったら、「ココにも恵まれない子どもが2人いるんだけど……」と冗談で話していたことが昨日のようです。
 いつも通信を読んでは感想を……と思っておりましたが、10年ということで雑感を書いてみました。これからも通信、楽しみにしております。(ささき かずこ)


■ベトナム中が大騒ぎ

土 肥 明 代

 本日は普段の生活を少しご紹介させていただきます。私の勤務は月曜から土曜の朝8時から夕方5時まで、昼休みが11時半から1時半です。昼休みが2時間と長いのは昼寝のためです。私の部屋にはキッチンどころかガス台もないため(私が買っていないだけですが)すべて外食です。昼はドンズー日本語学校の食堂で食べています。夕飯は1人だと食べに行くのが面倒くさく感じてしまうため、なるべく人と約束をするようにしています。
 日曜日は、予定のない日は洗濯と掃除ぐらいしかしません。ごくたまに遠出をすることもありますが、遊びに出るとしてもほとんどホーチミン(HCM)市内の近場のみです。と言っても、HCM市にはどこにも遊ぶ場所はないので、スーパーやデパート見物、たまに映画を観に行きます。ベトナム人にとってもスーパーは遊び場であり、親子連れがいっぱいで、買い物目的の人と見物目的の人でごった返しています。
 しかし近況を申し上げるとすれば、何をおいても「SEA Games 22」(第22回東南アジア競技大会)でしょう。いつの間にやら国中がこのSEA Gamesしか話題にしなくなっていました。12月5日から13日までこのスポーツ大会がベトナムで開催されているのです。ベトナム人にとっては、このような大きなスポーツ大会がベトナムで開催され、国全体で大騒ぎとなったのです。まさに現在その大会の開催中ということで、毎日その話題ばかりなのですが、特にすごいのがサッカーです。サッカーの試合のある日は、ベトナムが勝つと街中が暴走族だらけになるのです。
 純粋にベトナムが勝ったことが嬉しいのか、それともただ騒ぐことを楽しんでいるだけなのかわかりませんが、老若男女関係なく、友達同士、恋人同士、親子…みんなそろって赤Tシャツにハチマキ、そして国旗を持って、バイクで、あるいは自転車で街に繰り出し、その騒ぎが夜中の1時2時まで続くのです。
 私の両親と同じ年くらいと思われる夫婦もいます。赤ちゃんを間に乗せた若い夫婦もいます。おたまでなべの底を叩いている男の子もいれば、なべのふた2枚をシンバルのように叩いている女の子もいます。そして、歩道には国旗、Tシャツ、ハチマキなどを売る大人、子ども、学生がいっぱい現れます。これらのものを手に入れさえすれば、誰でも売ることができるのです。当青葉奨学会のスタッフであるリーも、知り合いのお兄さんの手伝いだとかで売っているそうです。マラソン選手の給水かのように、ストローがすでに刺さった状態のジュースまで売られていました。
 ベトナム人の商魂には頭が下がる思いです。外国人観光客もたくさんいる街の中心に向かって人が集まるため、西洋人旅行者も、顔にペインティングをして国旗Tシャツを着て、国旗を振って一緒になって楽しんでいます。ビデオで録画している人もいます。このような日は当然大渋滞が起きるので、どこに行くにも大変です。また事故も多く、人が死ぬこともあります。私もベトナム人の友人にバイクに乗せてもらい、興味本位で見物に行きましたが、本当に危険だと思いました。しかしいざ輪の中に入ってみると、やはり胸がとてもワクワクしてきて、知らないもの同士がひとつのことで一体となっている感じが、高校生の時に行ったバンドのコンサートを思い起こさせました。サッカーで勝ったというだけで、こんなに大騒ぎして国全体で一体となれるベトナム人の国民性が、馬鹿らしくも感じますが、しかしとてもかわいらしくも感じられるのです。(どひ あきよ・駐ホーチミン市スタッフ)


■事務局便り

 2003年は会員皆様のご支援を賜り厚く御礼申し上げます。本年も会員皆様のご支援を賜りたくお願い申し上げます。特に10周年記念事業には、皆様の温かいご支援を賜りたく重ねてお願い申し上げます。
 2004年奨学生審査が厳粛に行われました。ただちに2004年里子決定通知が行われております。継続または新里子をよろしくお願いいたします。なお、限られた時間内に多くの履歴票の翻訳ならび発送作業を行いました。ご質問、ご意見等がございましたら事務局までご連絡ください。
 2004年が皆々様によいお年でありますよう心からお祈り申し上げます。

第3回里子訪問ツアー予告

 2003年SARS流行で延期になりましたハノイ里子訪問ツアーを実施。里子および里子家族との交流、ハノイ市内観光、ハロン湾ツアーを行います。

渡航先 ベトナム・ハノイ市
期間 2004年7月18日(日)から7月22日(木)3泊5日
旅行代金 1人11万円
※募集案内は次号ベトナム子ども基金通信でご案内いたします。


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