「ベトナム子ども基金通信No.23」より


青葉奨学会のホゥエ代表来日懇談会
−反省をふまえ奨学生の審査を厳しく−

ベトナム子ども基金は2002年9月28日、来日したベトナム青葉奨学会のグエン・ドク・ホゥエ代表を招き、アジア文化会館で懇談会を開催、45名が参加しました。ホゥエ代表は、ロンアン省に開校した避難所兼学校について報告したほか、奨学生の選考について新たな方針を提案しました。

ホゥエ 2002年4月に行われた里子訪問ツアーでは、里親20名が訪越し、里子に会ったり、ロンアン省トゥートゥア郡ロントゥアン村で建設している避難所兼学校を視察しました。何よりも嬉しいのは無事に日程を終えたことで、大変成功だったといえます。
 ロンアン省での学校建設の計画は昨年3月から始まり、地盤を約1メートル20センチ高くしました。今までの洪水の高さ以上です。最近視察しましたら、皆さんの支援で建てた中学校がきっかけで、その地方全部が変わりました。洪水のときの避難所でもありますが、その中学校だけでは収容人数が少ないから、その辺全部を避難所にするそうです。政府もお金をかけて、土地を全部高くしました。真ん中が中学校です。それから、今埋め立て中ですが、村の離れた民家を全部あそこに集めてひとつの町にするんですね。町づくりが出来るんです。
 開校式は9月5日に行いました。しかし、私と駐ホーチミン市スタッフの土肥さんが8月、現地を視察したとき、床のコンクリートの仕上げが良くなかったので、全部やり直させました。しかし、私はまだ安心していませんので、費用はまだ9割しか清算していません。1年後、すべて確認して払うことにしています。
 それから、私がこちらに来る前、青葉奨学会の事務局と何回も会合を開いて協議しました。この10年間で成果も挙げましたが、問題も発見しました。詳しく追求して、原因を探ってみるつもりです。
 最初は奨学生が少ないので、徹底的な調査が出来ました。しかし、現在1200人にもなりました。ホーチミン市だけでなく、メコンデルタ、中部、北部にも青葉奨学会が進出しました。その空間的な問題。それから、スタッフが少ないのでどうしても目が届かないことがあります。皆さんの気持ちを学生に伝えることが以前より難しくなったことについて、私はそういう事実を認め、反省しています。
 奨学金をもらって成長した学生もいます。国家のコンクールに出て優勝した学生、立派に大学を出て就職できた人もおります。同時に弱点にも私たちは気付き始めました。よく選んだと思った学生の中に、そうでない学生が含まれていることがあります。
 原因としては、奨学生が急増し、私たちの目が届かないことにあります。それから、最初の調査が正確でなかったこともわかりました。また、本人の経済状態が変わったこともあります。
 奨学生からこういう手紙をもらったことがあります。−−青葉奨学会の奨学金をいただいて大変助かっています。学校でもちゃんと勉強できたし、大変感謝いたしますが、家の経済状況が少しよくなりました。こういう貴重なお金は、他の友だちに譲りたい。だから、自分の奨学金を是非、もっと困っている友だちにあげてください−−。こういう手紙をもらったとき、私たちは大変感謝し、とても喜びました。しかし、こういうこともあります。
 里親の方はどうしても里子に情が移ります。最初は奨学金を出しただけとしか思わなかったのが、だんだん、自分の子のようにかわいがってくれました。大学まで面倒をみてあげたいとノ。その気持ちは私たちもよくわかっています。でも、その1人の子で継続したら、他の優秀な学生、貧しい学生にチャンスを与えないことになります。
 支援を継続することで、本人が順調に成長すればいいのですが、大学まで奨学金をもらえるという安心感を与えて、本人の学力はだんだん下がるし、また人格も悪い方に走ることがあります。そこで、皆さんの意見も是非うかがって決めたいと思います。
 それは、原則として1年で打ち切ることです。これは里親の皆さんにとってはちょっとつらいかもしれません。しかし、是非、子どもたちのことを考えてやってください。もちろん、その子がふさわしいのだったら引き続き奨学金を与えます。ただし、努力しない子だったら打ち切って、本人がもう一度考え直して、頑張るよう叱咤した方がいいと思うのです。それから、他の子に機会を与えます。つまり、1年ごとの更新で、優秀であれば継続、頑張らなければ来年はもらえないことになります。そのことをいつも学生の頭の中に置いたほうが、学生の成長にいいです。
 次に、私はときどき出会ったり、新聞記事で読むことがあるのですが、大変かわいそうなケースがあります。例えば、農村の家庭に4人の子どもがいました。お姉さんと弟2人が頑張って大学に入ったんです。大学には合格しましたが、今度は入学金を納めなければならない。そして、自分の家族の状況から判断して、大学を諦めなければならないことがあるんです。そういう子どもたちは、仏様を拝んで、是非、大学入学をかなえてください、と祈るんです。
 しかし、今は近代社会ですから、仏様もなかなか現れません。そういう学生が多いんです。彼ら彼女らに、もし奨学金があったら、本当に仏様からの贈り物として、一生忘れられないものになります。私は、もし皆さんのご了承があれば、少しずつ、奨学金を、仏様の贈り物として、本当に困っている子どもたちのために、是非活用したいのです。できれば、全国的に読まれている新聞と一緒に手を組んで支給したいと考えています。この奨学金は、学校の先生に限らず、誰でも学生を推薦できるようにします。その学生をよく知っている人に推薦してもらい、それを受け入れたいと思います。私が期待するのは、本人について2ページくらいできるだけ詳しく推薦文を書いてもらい、それを読んで支給するかどうか判断します。
 確かに大変な仕事です。しかし、私たちはそういう困っている、必死に願っている子どもたちのためだったら、苦労してもかまいません。

事務局 里子訪問ツアーのこととロンアン省での避難所兼学校建設の話、奨学金の支給の仕方についての話がありました。3つ目の話は計画ですが、『ベトナム子ども基金通信』第22号8ページにも書いてあります。それとはまた別に、新聞社と提携して、まだまだ困っている子どもたちに何か別な援助のやり方がないのかという話が最後にありました。
会場 話を聞いて、非常に私の心中は複雑なんですが、昨年の9月末から10月にかけて、里子に会いに行きました。当時、現地スタッフだった高橋佳代子さんに大変お世話になり、家庭と学校を訪問できました。
 今までは、特別な感情というのはあまりなかったんです。手紙のやり取りだけですから。今回訪問して、子どもの生活を知ることができましたし、学校の先生も大変ほめていました。そして、より身近な親と子の感情に浸ったんです。私は最後まで成長を見守りたいと思うのです。
 それから、その仏様の奨学金については別枠で寄付させていただけるということであれば、非常に私はありがたいと思います。
ホゥエ お気持ちはよく理解しております。今後、継続的に面倒を見てあげたい、そういう里親の方がもしいらっしゃったら、私たち事務局としては尊重します。しかし、別にこの里子でなくても、もっと困難な状況にある学生を支援したいというお気持ちの方は、是非、私たちにそう言ってください。本当に困った学生に奨学金を渡したいと思います。
事務局 これまでよりも審査を厳しくするが、里親の希望は尊重するということですね。
会場 成績で判断して奨学金を支給した方が公平だと思いますが。
ホゥエ そのご意見には賛成です。しかし、こういう不公平なことがあります。金持ちの子どもは、大体塾に通っています。しかし、貧乏な子どもは皆さんが想像できないくらいです。そういう子どもについては、成績だけで決めると本当に不利です。青葉奨学会としては、優秀な学生、それから、性格が素直で友だちと助け合い、親孝行する、そういうことを総合的に判断したいと思っています。
事務局 ホゥエさんが最後に話した、新聞社と協力して、仏様のような奨学金、新しくそういうのができないかということですが、もう少しご説明ください。
ホゥエ これまでに何回も提携している「トイチェー新聞」、それは共産青年団が発行していますが、汚職の批判までやっており、すごく元気です。国民の信用があるんですね。ホーチミン市の新聞ですが全国的に有名です。この新聞社は大変いい計画を1年に2回行っています。例えば、今回は南部、次は中部、北部といった具合に、各地方の親孝行な、優秀な学生を選び、ホーチミン市に集めて、賞状、奨学金、賞品を贈っています。1回400〜500人ずつ、各地方から選抜しています。
 例えば、田舎の子どもが一生懸命勉強して、お父さんお母さんが苦労もして、大学に合格したとします。しかし、学費がなくて大学に入学できないことがあります。そういう場合、金額は制限しないで、学費を新たなスタートのとき贈りたい。本人が町に出たらアルバイトして自立できますが、田舎から町に出るのは難しいです。問題はスタートなのです。もちろん報告はしますが、ケースバイケースで、金額も任せてほしいのです。
 これは大変です。しかし、その代わり意味があります。
事務局 ホゥエさんの提案は意味のあることで、いいことだと思います。ただ、ベトナム子ども基金への寄付金額についていいますと、当基金は1995年6月から始まりましたが、ここ2〜3年、だんだん会員が減る傾向にあります。極端にすぐ困るという状況ではありませんが、それほど余裕があるという現状でないことは確かです。
ホゥエ 基金がだんだん減っていくことは、確かに考えなければなりません。しかし、減っていくから変えなければならない。こういうことは、やりがいがあります。自分が疲れても、子どもたちの喜びで苦労が解消されます。基金が減っていくことは考えなければなりませんが、もっといい質にしなければ会員も増えないのではないでしょうか。
ベトナム青葉奨学会沖縄委員会事務局 奨学生の選考方法については、とても面白い提案だと思います。ただし、沖縄も、大幅に支援数を増やすということはとても出来ないという状況があります。ですから、実験的に、例えば、あるひとつの県で呼びかけてみると。申し込みがあった場合には、ベトナム側の事務局がある程度状況を把握できるような形でとりあえず1回やってみるというような形であれば、面白いかと思うんですが。
ホゥエ その意見はもっともなことです。すぐ全部やることは難しい。もし皆さんのお許しがあれば、現在の奨学生1200人のうち、3割ぐらいそういう形でやってみて、成果を判断してまた来年、皆さんから意見を聞いて拡大するかどうか決めるんですね。そういう形にしたいです。
事務局 先ほどある地域で200〜300人とか、1年に限ってと言われましたが、その地域に里子がいる里親は、非常に親しくなっても継続できないのですか。
ホゥエ ですから、今1200人の奨学生がいますが、まず里親のご希望があれば、例えば、300〜400人が継続で、残りの800人で実験的にやらせてもらいたいと思います。

事務局 それでは、本日はわざわざお集まりいただきましてありがとうございました。この辺で閉会させていただきたいと思います。

カット:かいせまうし


国際協力フェスティバルに初出展

ベトナム子ども基金は10月5、6日の2日間、東京の日比谷公園で開催された「国際協力フェスティバル2002」(主催:同実行委員会、共催:国際協力事業団ほか)に初出展、活動内容を紹介しました。
 子ども基金のテントでは、パンフレットや『ベトナム子ども基金通信』などを配布したほか、4月に行われた「ホーチミン市里子訪問ツアー」の写真パネル(提供:河合孝氏)などを展示しました(写真上)。
 見学者は、様々な質問を投げかけました。「どのような活動をしているか」「奨学金の支援のほかに何ができるのか」「ベトナムの就学率は?」「ストリートチルドレンの定義は?」??。即答できないほどの詳しい情報を求める方も訪れ、NGOの活動に対する関心の高さを実感しました(写真中)。 
 また、ビデオカメラでのインタビューも受けました。取材したのは、下福田中学校(神奈川県大和市)の1年生2人。「総合的な学習の時間」でNGOの活動をクラスのみんなに紹介するのだそうです。国際協力フェスティバルについて「いろんな国の食べ物や雑貨があっておもしろい」と言う2人は、積極的に各NGOのテントに飛び込んで行きました。
 ベトナム関係のNGOを探してやってきたのは、AFS日本協会による短期留学プログラムで来日したベトナムの高校生3人(写真下)。3週間の日程で日本の家庭にホームステイしていたそうです。
 子ども基金は来年も出展する予定です。みなさんのお越しをお待ちしております。

初出展した子ども基金のテント


左から:様々な質問を投げかける2人の見学者と質問に答える運営委員


左から:ベトナムからの留学生3人、前列中央:AFS日本協会ボランティアの学生、右2人:子ども基金事務局


規約改定 組織整備と活動の充実のために

旧規約は、ベトナム子ども基金が発足した1995年6月に定めたものです。その後、当基金は会員も増え、活動の内容も発足当初に較べると広がりを見、それに伴い組織を整えなければならなくなりました。旧規約では会員総会が行われていなかったり、実施事業や運営委員会に関する規定があいまいだったため、運営委員会は、旧規約第八条にもとづき、今回の新しい規約を制定しました。(前事務局長・南康夫)

新規約

(名称)
第一条 本基金は、「ベトナム子ども基金」と称する。
(連絡先)
第二条 本基金は、連絡先を東京都文京区本駒込2丁目12番13号アジア文化会館内に置く。
(目的)
第三条 本基金は、経済的理由により教育を受ける機会に恵まれないベトナムの子どもたちに対して奨学金を支給し、また教育環境を整備・改善することを目的とする。
(事業)
第四条 本基金は、第三条の目的を達成するために次の事業を行う。
1.ベトナムの子どもたちのために奨学金を募る。
2.ベトナムの子どもたちに必要な教育環境の設備・改善のための基金を募る。
3.この基金をもって「ベトナム青葉奨学会」及びその他の組織を支援する。
4.その他、目的を達成するために必要な事業を行う。
(会員)
第五条 本基金は、第四条の事業に賛同する会員をもって構成する。
(会員総会)
第六条 本基金は、会員において構成される会員総会を会計年度毎に一回開き、必要に応じて臨時総会を開く。
第七条 会員総会は、議決権を持つ会員の三分の一以上の出席をもって成立する。
(運営委員会)
第八条 本基金を運営するために運営委員会を置く。
第九条 運営委員会は会員総会によって承認された運営委員により構成される。
第十条 運営委員の任期は二年とするが、再任を妨げない。
第十一条 本基金に運営委員会が選出する代表1名、事務局長1名を置く。
第十二条 代表は本基金を代表し、運営委員会の委員長を兼任する。
第十三条 事務局長は本基金事務局の運営を行い、必要に応じて代表を代行する。
(監査)
第十四条 本基金の明瞭かつ円滑な運営のために二名の監査を置く。
(規約の変更)
第十五条 本規約を変更するためには会員総会において出席した会員の過半数の同意を得ることを要する。
(施行細則)
第十六条 本規約の施行に関する細則は、運営委員会が定める。
(補則)
第十七条 本規約は、2002年10月19日より施行される。

第4期運営委員(2001年6月3日〜2003年6月2日)
代  表 近藤 昇
事務局長 飯田博康
監  査 岡村 進
     南 康雄
委  員 今井幸恵
     小河原理恵
委  員 小沢玲子
     窪寺裕子
     土井敏邦
     中原和夫
     中村 伸
     原 二郎
委  員 藤田政弘
     本間きく
     望月良憲
     渡辺明美(50音順)

旧規約

(名称)
第一条 本基金は、「ベトナム子ども基金」と称する。
(連絡先)
第二条 本基金は、連絡先を東京都文京区本駒込2丁目12番13号アジア文化会館アジアセミナー室内に置く。
(目的)
第三条 本基金は、経済的理由により教育を受ける機会に恵まれないベトナムの子どもたちに対して奨学金を支給することによって、また教育環境を整備・改善することによって教育が受けられるようにすることを目的にする。
(事業)
第四条 本基金は、前条の目的を達成するために次の事業を行う。
1.ベトナムの子どもたちのために奨学基金を集める。
2.ベトナムの子どもたちに必要な教育環境の整備・改善のために基金を募る。
3.募った基金は、ホーチミン市にある「ベトナム青葉奨学会」に送り、上記2項目の趣旨を実現する。
4.基金は第三条の目的のために運用されるように、責任をもって管理する。
5.その他、目的を達成するために必要な事業を行う。
(寄付金)
第五条 本基金が受ける寄付金は次の通りとする。
1.一般基金 年額一口 (一人分)12,000円、里親基金 年額一口 (一人分)20,000円とする。
2.その他の寄付は、金額・回数共に自由とする。
(経費)
第六条 本基金の事業遂行に要する費用は、本会が受ける寄付金からの一定額をもって支弁する。
(運営委員会)
第七条 本基金を運営するために運営委員会を置く。運営委員会は会員の互選による若干名の委員で構成され、次の役職を置く。任期は2年とするが、再選を妨げない。
 代表 1名
 会計 1名
 監査 1名
(規約の変更)
第八条 本規約を変更するためには運営委員会委員の2/3以上の同意を得ることを要する。
(施行細則)
第九条 本基金の施行についての細則は、運営委員会の議決を経て定められる。
(補足)
第十条 本規約は、1995年6月3日より施行される。


今でも心の支え 日本留学のカンくん、里親と固い握手

「里親にお礼を言いたい」ーー。静岡市の日本語学校に通うグェン・コック・カンくん(19歳)は、ベトナム青葉奨学会の元里子で、今年4月に来日した。ベトナム子ども基金の会員で元里親だった黒羽宏さんに会いたいとの願いが、11月10日、実現した。(写真上:カンくんと黒羽さん)
 カンくんはホーチミン市で高校の3年間、黒羽さんの支援を受けていた。「里親の支援には本当に感謝しています」。彼は、そう言って両手を自らの胸に重ねた。
 よく晴れた日曜日の正午、カンくんと黒羽さんは静岡駅で待ち合わせた。初対面の二人は最初、少し緊張していたようだったが、喫茶店でコーヒーを飲みながら言葉を交わすうち次第にうち解けていった。カンくんは日本語で感謝の気持ちを伝えた。
 カンくんは高校卒業後、ホーチミン市のドンズー日本語学校で半年間日本語を学び来日、大学に入るため、日本語の勉強を続けている。帰国したら自分で会社を経営したいというカンくんは、大学院まで進み、いったん日本で就職して経験を積みたいと抱負を語る。(写真下:黒羽さんはカンくんに図書券をプレゼント)
 私費留学生である彼は、学費を稼ぐため、週3日のアルバイトに忙しい。最近は、勉強時間を確保するため、アルバイトを少し減らしたそうだ。休日は何をしているのか聞くと、「休みの日は眠りたいです」
 日本に来て新たに友達もできた。日本語学校では、ベトナムのほか、中国や韓国などからの留学生が学ぶ。彼らとは日本語で会話するのだという。日本語が上達するにつれ、友情もさらに深まっていくのだろう。
 家族と離れて生活するカンくんだが、日本にも彼を気遣ってくれる人がいてくれることを確認して、ちょっと安心したに違いない。別れ際、黒羽さんと握手する彼を見て、そう思った。(編集部)

お二人の対面は、ベトナム子ども基金が設定しました。茨城県にお住まいの黒羽さんには、鉄道で東京までお越しいただき、事務局の3名とともに車で静岡に向かいました。

留学の成功を祈って

黒 羽  宏

静岡駅で初めて会ったカンくん(写真)は、プロフィールにあった写真よりも成長しており、少しはにかんだ様子で、私との対面を笑顔で喜んでくれました。静岡市内のベトナム料理店で昼食となると、久しぶりの故郷の味に緊張も解けたのか、会話がはずみました。
 「黒羽さんは、どうして私に奨学金を出してくれましたか」という彼の問いに、「ベトナム旅行で、君の国が好きになったこと、そのベトナムが良い国に発展するよう、君に頑張ってもらいたいから。そして君には、自分だけが豊かになるためでなく、多くの人のため、国の発展のためにしっかり勉強して欲しいから」と、私は答えました。このようなことを、日本の若い人に「説教」すれば、「きれいごと」と、しらけられてしまいそうです。しかし、今後大きな可能性のある国の、希望にあふれる青年を前に、こうした期待を話すことに違和感はありませんでした。
 ベトナムも、今後の発展により様々な変化をしていくのでしょう。カンくんのような若者の気質もまた違ったものとなっていくのかも知れません。まだ「モノの豊かさ」を経験していない国の人に、「ほんとうの豊かさとは」と、問うことはできません。しかし、彼には、物質的には豊かな日本で学びつつも、日本やアメリカとは、また違った発展の仕方、到達点をも探りつつ頑張って欲しいと思います。
 つい先日、カンくんは、日本語検定試験で東京に来たついでに、私の住む茨城を訪ねてくれました。その際、9月に茨城県・ベトナム子ども基金を立ち上げた植田さんに、勤務先の高校を案内してもらいました。また、東海村の知人宅におじゃまし、お茶をごちそうになりました。ともに元教師であったご夫婦は、カンくんの礼儀正しさ、素直さに感心していました。カンくんには、学問上での交流だけでなく、こうした様々な人たちとの出会いも、たくさん経験して欲しいと思います。彼の留学の成功と、帰国後のベトナムでの活躍を祈るばかりです。(くろは ひろし)

里親と里子から父と子へ

グェン・コック・カン

里親の黒羽さんと初めて会ったあと、電話で連絡を取り合っています。黒羽さんは、これからは私の日本語会話の上達のための手伝いをしましょう、と言ってくれています。また、黒羽さん自身、ベトナム語を勉強したいとも言っています。
 これからは毎週、電話か電子メールで連絡を取り合うことになりました。これからはこれまで以上に、父と子のように近い関係になるでしょう。(ぐえん こっく かん)


4月に開催した里子訪問ツアーに参加された吉田勉氏からご寄稿いただきました。(編集部)

ベトナムに想う

吉 田  勉

思えばわたしの青春はベトナムとともにありました。ベトナム戦争がエスカレートしていったとき、わたしは多感な青年でした。アメリカから54万人もの兵士が東洋のちっちゃな国ベトナムにやってきて、近代兵器の粋を尽くしてインドシナ半島をどうして絨毯爆撃しなければならなかったのか。わたしは東京でサークルを作り学習会を持ちました。集まった若者は中小企業で働く人たちでした。働く若者とともにベトナム戦争について勉強し、そして戦争に反対しました。米軍は日本の基地から飛び立ってベトナムを爆撃していました。日本ははっきりとベトナムへの「加害者」の立場にあったことも、私たちの関心を大きくしていました。
 圧倒的な兵力の差がありながら、アメリカに支えられた南ベトナム傀儡政権は崩壊し、アメリカ軍は敗退し、1975年4月30日ベトナム人はアメリカに勝利しました。感動的な事件でした。
 それから四半世紀、ベトナムは紆余曲折を経ながらも近代化の努力をしてきました。ひところ、日本の投資家たちもベトナムの工業化に期待を寄せながら、国の規範がまだ確立されていないことから、やや下火になったとはいえ、ベトナム人の勤勉さと工業化のポテンシャルは世界の注目を浴びています。
 ベトナム戦争に関心をもっていた人には、ベトナムにある種の「思い入れ」があると思います。わたしも数年前、「ベトナム子ども基金」の記事を新聞で見て、すぐ入会しました。
 わたしは仕事柄世界中を回っています。世界には私たちの想像もつかない貧困があることを知りました。インド、パキスタン、バングラディシュ、カンボジア、インドネシア、フィリピンそしてベトナムノ。多くのアジアの途上国といわれる国々には、十分に栄養の取れない子どもたちが街に、スラムにたむろしています。海外支援をボランティアで行うとき、ひとりができる範囲はごく限られたものです。ささやかな支援をする国にベトナムを選んだのは、その「思い入れ」があったからでしょう。
 前回、カマウの南に住む里子に逢いに行きました。車で数時間走り、フェリーに何度も乗って、ボートでたどり着いた里子の家は、水道もなく、雨水をかめにためて使っていました。電気もごく最近来たということです。
 今回、ホーチミン市の里子の家を訪問しました。トタン屋根で、クーラーもないので夏の暑さが思いやられました。ホーチミン市は訪問するたびに近代的になっていきます。大きなビルもでき、車の通行も多くなりました。近代化は間違いなく進んでいるようです。ただ、底辺に生きる人々の生活はあまり変わっていないようです。一方ではテレビや電気冷蔵庫などを持つ人が多くなる反面、貧しい人たちは近代化に取り残され、ますます貧困感が大きくなっているのです。
 これからも里子を通してベトナムの将来を見守りたいと思っています。(よしだ つとむ)

カット:かいせまうし


=第3回里子訪問ツアー<ハノイ>のご案内=

ベトナム子ども基金は、2002年4月の里子訪問ツアーに引き続き、2003年も同ツアーを企画します。今回は、ベトナムの首都ハノイを訪れ、現地NGOも見学します。また、当基金の活動を積極的にPRするために、会員以外の参加者も募集する予定です。
 ハノイでの日程終了後、ホーチミン(HCM)市訪問を加えた合計8日間のコースも用意しております。詳細は、別紙案内(HPでは省略)をご参照ください。

里子訪問ツアーの概要
日時:2003年4月4日(金)〜8日(火)=基本5日間コース
   2003年4月4日(金)〜11日(水)=オプション8日間コース
費用:9万5000円(会員)=基本5日間コース
   12万5000円(会員)=オプション8日間コース
募集人数:最小催行人数10名(最大15名)
主催:(株)ピース・イン・ツアー(東京都知事登録旅行業第3-3570号)
   電話03-3207-3690 担当・鈴木努
添乗員:参加者10名以上の場合、同行。
    事務局からも1名が同行するほか、現地日本人スタッフも合流する予定。

日 程 スケジュール:基本5日間コース
4月4日(金) 成田国際空港に集合、ベトナム航空直行便にてハノイへ
4月5日(土) ハノイ市内観光、教育関連施設(学校など)訪問予定
4月6日(日) ハノイ在住奨学生との懇親会、自由行動(里子の家庭訪問など)
4月7日(月) 自由行動(※オプショナルツアー:ハロン湾日帰り、バッチャン半日など)
4月8日(火) 朝食後、空港へ。ベトナム航空直行便にて成田へ

「基本5日間コース」にHCM市訪問を加えた「オプション8日間コース」の概要は、次のとおりです。
 4月8日(火):空路HCM市へ。ドンズー日本語学校を訪問。
 4月9日(水):自由行動(※オプション:市内観光、里子との面会、ロントゥアン村訪問)
 4月10日(木):自由行動。夜、ホテル集合、ベトナム航空直行便にて成田へ
 4月11日(金):早朝、成田国際空港に到着

※上記スケジュールは、利用交通機関の都合、天候、その他の事由により変更される可能性があります。あらかじめご了承ください。


事務局より

明けましておめでとうございます。昨年もいろいろお世話になりました。今年もよろしくお願いします。
 今年も里子訪問ツアーを行います。昨年のホーチミン市に続き、今年はハノイを訪問します。ハノイに里子のいない方の参加も歓迎です。ハノイのNGO施設も訪問して、北部の子どもたちの置かれた状況を見たいと思います。
 個人でベトナム旅行をされる方も多いと思います。里子に会ったり、青葉奨学会を訪問したい方は前もって連絡いただければ、アレンジをさせていただきます。
 皆様のお手元に、書き損じのハガキ(未使用なら古いものでも可)、お使いにならない記念切手などがありましたら、郵便でお送りいただければ幸いです。書き損じハガキは郵便局で切手に代え、当基金で役立たせていただきます。
 2000年7月から事務局長を担当してまいりましたが、運営委員の飯田博康さんにバトンタッチします。わたしは事務局長をやる前から里子からの手紙の翻訳のお手伝いをしていました。最近感じることは、以前の里子の手紙は、かなりパターン化した手紙が多かったのですが、このごろの手紙はだんだん内容が豊かになりつつあります。里親の方と、里子の交流が深まっているのだと思います。もっともその分、文章が複雑になり、翻訳者(現在5名)も苦労していますが、うれしい悲鳴です。(南)

会員の皆様へ:本通信への投稿を歓迎いたします。当基金の活動や本通信について、ご意見・ご感想をいただければ幸いです。原稿は郵便・電子メールで受け付けております。なお、原稿をお送りくださる際は、連絡先も必ず明記してください。(編集部)

領収書送付について

これまで皆さまからお送りいただいた支援につきましては、その都度領収書を発行してまいりましたが、業務の簡素化、通信費の削減のために2003年4月1日より、郵便振替は郵便局の受領証、銀行振込は銀行の送金明細票をもちましてベトナム子ども基金の領収書のかわりとさせていただきたいと思います。
 また確認のために、年4回発行する「ベトナム子ども基金通信」紙上にも、お送りいただいた方のお名前と送金月を掲載いたします。もし、これまでと同じように領収書を必要とする場合は、その旨お知らせいただければお送りいたします。
ご理解ご協力くださいますようお願いいたします。



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