「ベトナム子ども基金通信No.21」より


里子訪問ツアー報告 次回企画を望む声も多数

ベトナム子ども基金のホーチミン市里子訪問ツアーは4月9日、無事帰国しました。同ツアー参加者20名は、現地で里子と対面したほか、ロンアン省の避難所兼学校の建設現場を見学するなど精力的に日程をこなしました。ベトナム青葉奨学会事務局はツアーを振り返って、里親が里子の家庭環境を理解できたと評価する一方、子ども基金、参加者、旅行代理店、青葉事務局の間の相互連絡が不十分だったと今後の課題を報告(2ページ参照)、参加者にお書きいただいたアンケートでも同様の意見があったほか、ベトナムを少し理解できた気がするとの声をお寄せいただきました(3ページ参照)。

5年ぶりの里子訪問ツアーには、多くの参加申し込み、問い合わせがありました。今回は20名が参加されましたが、課題もアンケートに見られるように残りました。しかしながら、基本的には好評で、来年以降も実施してほしいとの希望が事務局に寄せられました。
 次回からは、できれば10名くらいで行えれば、今回以上に里子との交流ができるのではと考えています。地方の里子をお持ちの里親の方にも参加できるようなものも考えたいと思います。次回以降ツアーに参加したいという方、どうぞご希望をお寄せください。また、ツアーでなく個人で里子に会いに行きたい、ベトナムの現状を見てみたいという方も、当基金で里子との面会を手配しますので、ご連絡ください。里子はいないが、青葉奨学会を見てみたい、NGOの活動を見学したい、駐在員と話してみたいという方も歓迎します。

写真:ロンアン省の避難所兼学校建設現場


ベトナム青葉奨学会報告−反省と今後の対策−

4月5日 夕食会
・ネームプレートを準備したのは、お互いの名前があって、わかりやすかった。
・通訳の数:多いに越したことはないが、一応たりていたと思う。
・司会:ベトナム語、日本語で行う。特に問題なし。
・里子が夕食会に参加することを里親の人が知らなかったことが一番の問題。
【今後の対策】里親へのインフォメーションは最大限に行う。

4月6日 ロンアン省
・人数が当日まで確定していなかったため、車の調整が必要になったこと。
・ミトー観光を知らなかったこと。
・人民委員会のボート手配は問題なし。
・具合が悪くなった里親の方がおり、人民委員会で待つことになる。(高橋付き添い)
・行きの時間が遅れたことで、帰りも遅くなり、夕食との間に時間がなかった。
【今後の対策】事前に参加人数を確認すること。ミトーなどの観光オプションを付ける場合は前もって聞いておくこと。時間は前日に必ず確認すること。

4月7日 懇談会
・最初の時間がずれこんだ。(8時20分開始)
・ホゥエ代表の話が長かったので(50分)、質疑応答の時間が少なかった。
【今後の対策】時間を厳守する。時間配分を考えて進行をする。

4月7日 里子との一斉面会
・大きな事務的なトラブルはなかったが、里
親が里子の家に行くことを知らないケースがあった。
・事前に地図と履歴票を用意したこと、Indchiaの通訳の人が下調べしたこと、青葉の歴史などを読んでおいてくれたことがよかった。
・支援里子で名前が抜けていた里子がいた。
【今後の対策】ツアーの呼びかけ段階で詳細を知らせることと、再確認を行うこと。申し込み用紙に、里子の名前と支援数を書き込んでもらうようにする。それを再度事務局が確認する。

4月7日 夕食会
・テーブルが2つに別れてしまったので、話をする機会が少なくなった(大人数なので仕方がない部分はある)。
・一人ひとりの里親から面会の模様を伝えてもらい、これからの支援に何が必要なのかをシェアできた。

4月8日 タオダン
・当日まで人数が確定しなかった。時間をただ午前中としか決めていなかったため、長時間になってしまった。
【今後の対策】事前に人数を確認することと、詳しい時間を設定すること。

全体として
・人数が多すぎた。一人ひとりと話ができない。名前と顔を覚えるのが大変(事務局と里親だけでなく、里親と里親という間でも名前が覚えられない)。
・参加者の数が増えるだけ要望も多くなり、それに対して事務局が対応できない。これからのことを踏まえて、次回は10人ぐらいの定員にしたほうがよい。
・地方の里子をホーチミン市に呼ぶことはどうか。里子と先生に負担がかかりすぎたので
はないか。地方にいる里子の場合は、極力こちらから会いに行く形をとったほうがよい。そのことを里親の人に理解してもらう。
・里子訪問に関して、最初は里子の家に行くのはどうかと思ったが、里親が里子の家庭環境をより理解できた点、よりベトナムの状況を理解できた点(その家だけでなく周辺部の環境も)が自分の里子だけでなく同じような環境、またより劣悪な環境にいる子どもにも目をむけられた点でよかったのではないか。
・子ども基金、参加者、ピースインツアー、青葉の中での相互連絡が徹底していなかったため、小さな戸惑いが生じた。幸い大きなトラブルにはいたらなかったが、事前に連絡の徹底は行うべきである。

次回のツアーに向けて
・ボランティア教室を訪問する。現在青葉奨学金では「国公立の学校」に通っていることが奨学金を受ける基準になっているが、その国公立の学校や私立の学校にも通うことができない子どもたちの存在を知ってもらう(自分の里子だけが大変なのではないことを里親の方にわかってもらうため)。


アンケート集計結果
(カッコ内の数字は人数。青葉奨学会まとめ)

1.ツアー日程に関して
・参加者人数を10人ぐらいにしたほうがよいのではないか。
・今回の5日間ぐらいでよい。 (7)
・6日間ぐらいがよいのではないか、朝が早かった。(3)
・東京発の便にしてほしい。
・暑い時期をはずしてほしい。(2)
・少数で、毎月ツアーを開催してはどうか、集団では2年に1回。
・もう少し長い期間がよかった。(2)
・自由時間が少なかった。

2.里子との面会に関して(面会時間・面会場所・通訳など)
・里子の名前がもれていた。里子に迷惑をかけたのではないか。
・通訳はよかった。 通訳は大切だ。(11)
・時間もよかった。(10)
・地図の書き方がよくない。(2)
・感激した。面会の場所は今回がよかった。(8)
・里子の家に行くことが、逆に里子に負担をかけたのではないか。
・パーティーに里子が来ることを知らせて欲しかった。
・パーティに里子が来てよかった。(2)
・複数の里子との面会で、共通の話題を探すのが大変だった。

3.ホゥエ代表との交流に関して
・質疑応答の時間がもっとほしかった。(3)
・青葉奨学会のことがよくわかった (3)
・交流は必要ないのではないか。
・支援を続ける気持ちが強くなった。(2)
・「心の問題」が今後の里親・子ども基金の課題だということがわかった。

4.今後の青葉奨学会に関して
・よりよい発展を祈る。(2)
・自分の支援している里子を気にかけることは悪いことなのか。
・タオダンに支援ができないか。
・スタディツアーをまた企画してほしい。
・できるだけ多くの子どもたちへ奨学金を支援できるようにしてほしい。
・ベトナム子ども基金のPRがもっと必要ではないか。(2)
・市内の子どもたちの生活レベルが向上していることと、地方への更なる支援の必要性を感じた。
・もっと貧しい子どもを支援したい。
・支援者(里親)同志の連帯を深めてはどうか。
・青葉のスタッフとの交流があればよかった。
・青葉の後継者が早く出てくればよいのではないか。
・里子からの手紙が1年に2回はほしい。

5.その他
・現場を見れたことがよかった。これからも現場見学を増やしてほしい。
・参加者がよかった。知り合えてよかった。
・またベトナムに来たい。
・3年に1度ぐらいこのツアーを計画して欲しい。
・低学年の子どもたちへより奨学金を支援してほしい。
・1年に1度ぐらいこのようなツアーを計画して欲しい。
・よい思い出になった。これからも支援を続けていきたい。
・他人の痛みがわかる教育がさらに必要になるのではないか。
・ベトナムではまだ助け合いの機構が多い。それに比べて日本の福祉の貧弱さを感じた。
・ホーチミン市以外の場所でツアーができないか。例えばハノイなど。

(以上の写真は河合孝氏提供)


里子訪問ツアーでの発見

土 肥 明 代

 今回ベトナム子ども基金里子訪問ツアーに参加し、2つ大きな発見がありました。
 ひとつは、里親の皆様の里子への想いの強さです。直接里子に会っている里親の皆様の姿を見て、皆様が里子を本当に愛していることに気づかされました。里子の成長に驚き、自分の里子の話を他の里親の方に「うちの子は…なんですよ」と自慢する姿に、私は少し驚きを感じました。単に、奨学金を支援している対象、という関係以上の絆がそこにはありました。これだけの思い入れがあるのだということを痛感させられ、両者の間を取り持つ私の仕事の責任も感じさせられました。
 ふたつ目は、里親の皆様が自分の里子以外のベトナムのことにも関心を抱いているということです。たとえば、ロンアン省トゥトゥアの発展のために何ができるのかなど、とても大きな問題も考えていらっしゃいました。また、ホーチミン市内で、道路をはだしで歩く子どもたち、物乞いをする子どもたちなどを目にし、そのような子どもたちへの関心も膨らんでいらした様子で、里親の皆様から、彼らに関する質問も寄せられました。日本で得られる情報も多々あると思いますが、現場を見ることの大切さを考えさせられました。
 自分の里子に対する想いは、とても尊く美しいものだと思います。そして今回のツアーで、里子と同じ境遇の子ども、さらにはもっと劣悪な環境にいる子どもがたくさん存在するということを直接目にする中で、ベトナムという国を以前より知っていただけたと思います。私は、里親の皆様が里子についてはもちろん、さらに視野を広げていることについて、その考えや意見を共有していくことが必要ではないかと思いました。一人の人間の頭で考えているだけでは何も起こらないことも、それをたくさんの人と共有することで何か新しいことが始まることもあると思います。
 また、私は里親の皆様が里子の家を訪問できたことについて、とても貴重な経験だったのではないかと思っています。日本人が行くということで、里子の家では何かと準備をしなければならず面倒をかける、また、もともと貧しい家庭なのだから、来客、特に、外国人に来られることは望まないかもしれない、など反対意見もあると思います。私もそのような意見を理解します。しかし、ベトナムの家庭を見ることができたというだけでなく、ベトナムの貧困家庭がどの程度のものなのか、またその周囲の環境がどのようなものなのかまで、自分の目で見ることができるというのは、さらにベトナムへの理解を深める大きなきっかけになると思います。
 今回のツアーを通じて、里親の皆様にも生のベトナムを見ていただくことの大切さを感じました。現地に来るのはなかなか難しいことかもしれませんが、できるだけ皆様にその機会を作っていただければと思っております。
 私は3月26日から青葉での仕事を引継ぎ、5月6日から一人で仕事を始めています。これまで青葉の日本人スタッフとして働いていらした渡辺さん、脇平さん、高橋さんが、どれだけ多くの仕事をこなし、たくさんの素晴らしい仕事を残してきたか、その重みを感じています。私にもそれだけのことができるのか考えると不安を感じずにはいられませんが、周囲のベトナム人スタッフの力を借りながら、私らしくがんばっていきたいと思っています。
 これからの2年間に、「土肥明代の仕事」として、何かひとつでも私がやった仕事と思えるものを残したいと思っています。

(どひ あきよ・駐ホーチミン市スタッフ)


「ベトナム子ども基金・栃木支部」設立を歓迎

里子訪問ツアーに参加された吉田勉氏は帰国後、ベトナム子ども基金を栃木でPRするため「ベトナム子ども基金・栃木支部」(仮称)の設立を子ども基金事務局に提案、子ども基金運営委員会は5月18日、これを了承するとともに、今後、会員の皆様による同様の活動を歓迎することとしました。

ベトナム戦争が終わって四半世紀、ベトナムは、まだまだ発展の途上にあり、学生や若者達は愛国心に燃えて国づくりの夢をもっています。けれども、貧乏のため学校に行けない子どもがたくさんいます。「ベトナム子ども基金」は里親制度をとって里子とそのコミュニティーを支援しています。みなさんもこの支援活動に参加しませんか?(「栃木支部パンフレット」より)

 吉田勉氏は、今回の里子訪問ツアーを「大変有意義で楽しいものでした」と語り、里子との面会だけでなく、ドンズー日本語学校の見学やホーチミン市の恵まれない子どもたちの施設(キ・クアン寺)を訪問できたことを評価しています。
 宇都宮市国際交流協会の副会長を務める吉田氏はこれまで、ベトナムに関心のある同協会の会員に子ども基金の紹介をしてきました。今回のツアーをきっかけに、同協会を活用して子ども基金を栃木地区でPRしてはどうかと考え「栃木支部」の設立を提案、同協会の登録団体となることも念頭に置いているという。
 子ども基金事務局は5月12日、吉田氏の呼びかけに応じ、宇都宮市で開かれた「フェスタ my 宇都宮 2002」に近藤昇代表ほか2名を派遣、吉田氏とともに子ども基金の活動をPRしました。

「ベトナム子ども基金・栃木支部」(仮称)の概要
1.目 的:栃木地区の「ベトナム子ども基金」の会員を増やすためのPR。栃木地区会員の親睦。
2.発起人:吉用勉
3.事務局:〒321-0925 字都宮市東簗瀬1-32-22 吉田宅(TEL 028-635-9595)
4.会 費:「ベトナム子ども基金」の会費は東京のペトナム子ども基金に納める。「支部」の会費はなし。
5.その他:宇都宮市国際交流協会の登録団体として加入する。同協会年会費(3000円)は支部メンバーの寄付でまかなう。


Gap Lai Nhe また会いましょう

高 橋 佳 代 子

里親のみなさんこんにちは。
 時間が過ぎるのは本当に早いもので、ベトナム青葉奨学会のホーチミン市事務局での約2年の月日がたってしまいました(現在はすでに帰国して京都におります)。
 実は今だから言えることなのですが、当初、私は「子ども」や「教育」に強い関心があったわけではありませんでした。ちょうど2年前サイゴンでベトナム語を勉強していたとき、知り合いから「翻訳ボランティアを募集している」と聞いて青葉の事務所を訪問したのです。そのとき、前任の脇平さんが丁寧な対応をしてくださり、また、ホゥエ代表から熱い想いを聞き、後任の仕事を引き受けさせてもらったのです。
 この2年間、楽しいこともあれば、悔し涙を流したこと、悲しくて何も言えなくなったこと、人のやさしさに触れて感動したことなど、多くの出来事がありました。しかし、何よりも思い出になっているのは、子どもたちや里親のみなさんに出会えたことです。
 「一期一会」というのは少し大げさですが、里子と里親の縁のみならず、私もその縁のおこぼれをもらった気がします。ありがとうございました。
 最後に、ベトナムは豊かな国でもあり、貧しい国でもあります。貧しさというのは経済的な側面だけでは測ることはできません。里親のみなさんには、貧しいベトナムを見るのと同時に、豊かなベトナムも見てほしいなと思います。
 この2年間、本当にお世話になりました。重ねてお礼を申しあげます。
 また世界のどこかで会いましょう。Hen Gap Lai!!!

(たかはし かよこ・前駐ホーチミン市スタッフ)

【写真(著者提供):青葉奨学会は毎年テト前、子どもたちに衣類を配っている】


人情の街サイゴン その8

脇 平 裕 美

現に、私の家賃を言うと、まゆをひそめて、
「それは高すぎる。もっと安いところを知ってるよ。半額以下。どうだ、来ないか? ん?」
と、とってもしつこい。
「ちっちっち。おばちゃん、それは“大家さんの家族みぃんながその辺でうろうろしている場合”っちゅう言葉が抜けてるよ。ぜーったい個室じゃぁないくせにー」
と言いたくって仕方がないのだが、言語に問題ありの私は笑顔でこの会話を終わらせる。そして、それ以上会話の続かなくなったおばちゃんは、今聞いたことを伝言ゲームのごとく車内のみんなに回していくのだ。伝言ゲームと違う点は、そのすべてが私に聞こえていることぐらいだろう。
 しばらく走っていると、私は自分の頭髪が時折何かに引っかかるような感じを受けた。
「ん? 後ろの人が身を乗り出して、私の髪の毛を肘かなんかで押さえちゃってるのかな?」
と思い、何度か頭を引いてみるのだが、その「引っかかるような感じ」は一向におさまらない。不審に思って後ろを振り返ると、な、何と後ろの席のおばちゃんが、私の若白髪を一心不乱に抜いているではないか!
 しかも振り向いた私の表情は眼中にはないらしく、おばちゃんはその白髪探しを止めようとしない。そしてまた一本、ぷちっ……。
 おばちゃんは得意げに夕日に光ったその一本を私に見せてくれる。がーん。見知らぬおばちゃんにバスの中で白髪を抜かれていた。愕然とする私。次の一本を求めてまたおばちゃんの手が伸びてきたのを見て、私はようやく正気に戻った。
「あ〜、おばちゃん、やめてぇ〜〜」
おばちゃんはなんとも不満そうな表情。
「あんた、白髪多いなぁー。あかんで、これ」
「いいから。だいじょうぶ。だいじょうぶ。ありがと。ありがと」
必死におばちゃんを制すると、ようやく彼女は席に深々と腰をおろしてくれた。しかし私の中には、生き生きと働くサラリーマンのやりがいをリストラであっさり奪ってしまったような、妙な後ろめたさが残ってしまった。
 ハーティンへの道のりは遠い。しかも道はなんとも単調である。永遠に続く椰子の木の行列、その奥には広々とした田んぼ。そしてその合間にバナナの木や、ぽよよんとしたパパイヤの木。私は何度も眠気に襲われ、また起きて……を繰り返していた。
「ハーティン〜〜。着いたよー」
 運転手さんの叫びで目が覚めた。はっと見回すと乗客は私のほかに年配夫婦一組のみ。みんな途中で降りたらしい。しかも当然深夜だ。わけも分からぬまま、ポンと降ろされる。
「ここ、ハーティン? ほ、ホテル、どこ?」
私は必死に運転手さんに聞いたが、眠そうで何も答えてくれない。これはもうこの年配夫婦に引っ付いていくしかない。幸い二人とも当然のように私を宿まで連れて行ってくれた。もちろん値段交渉もお二人にお任せだ。
 午前1時ごろ、ようやく部屋確保。おやすみなさいの挨拶を夫婦と交わして別れる。バス(=大きなカメひとつ)、トイレ(=コンクリートに穴ひとつ)は共同だが、とにかく体を伸ばせる大きなベッドに感謝。お気に入りのTシャツが、8時間もの窓開けっ放し走行のために土ぼこり色に変色していた。

(わきひら ひろみ・元駐ホーチミン市スタッフ)


事務局より

ベトナム子ども基金は昨年より、NGOの集まりである「国際協力NGOセンター」(JANIC)の会員になり、JANICを通して広報活動を少しずつ拡げております。
 今年の10月5日(土)、6日(日)には、東京の日比谷公園で行われる「国際協力フェスティバル」にも参加して、子ども基金の活動をアピールする予定です。
 今回の里子訪問ツアーに父親とともに参加した藤田政和君(中学3年生)が、里親会員になってくれました。当基金の最年少の会員です。里子はロンアン省の小学3年生です。
 最年長会員と思われる笠原嘉鶴子さん(94歳)が4月に亡くなりました。笠原さんは、子ども基金が発足した1995年からの会員でした。ご冥福をお祈りします。
 本通信1〜5ページの写真は、ツアーに参加された河合孝さんからご提供いただきました。このほかにも河合さんの写真を利用させていただく予定です。
 子ども基金会費の振替用紙を同封いたしました。今年まだ振込んでいない方は、この用紙をご利用ください。すでに今年振込んでいただいた方、申し訳ありません。


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